すべては東寺がらくた市からはじまった

  • 2020.04.29 Wednesday
  • 23:10






※今日の話、とて〜〜も長いことをあらかじめご報告致します。


途中で区切るとちょっと具合が悪いので一気にやります!


よござんすか?

よござんすね!!

入ります!

宜しくお願い致します!



********************************************





初めて小石原焼の器を見たのは2016年11月のことでした。




むにすさんに「ミャウゼ」に誘っていただき、ついに20数年ぶりの京都来訪を果たした年です。




東寺のがらくた市に出店なさっているけいとさんのお店を訪れた帰り、何とはなしに寄ったお店にそれはありました。



むにすさんと一緒に「おおおお!わっ!えっ!いいね!いいね!」となり、皿や茶碗を買い求めました。

のりたいこは今回の旅行準備をするにあたり、旅先で着る服を減らし、必要最低限の所持品をさらに厳選し、1g単位で荷物の軽量化を図りました。それもこれもみな、こういう時のためです。(ドヤッ)



店のメガネおやじいわく、B級品ということで、そこはまぁなんですか、色々ご了承いただきたい、とのことで、
よく見れば「飛びかんな」と呼ばれる模様が途中ですっ飛んでいたりしますが、そんなものはどうでもよかったです。二人の心は小石原焼との出会いに胸がいっぱいでした。





その後は毎年買い足して、コレクションは順調に増えていっております。



点々と刻まれている模様が「飛び鉋(かんな)」という技法でつけたものです。



そして。





あれは昨年7月のことでした。



島根県を紹介するテレビ番組を観ていたら、松江市にある湯町窯窯主の福間さんという方が出ておられました。テレビに映った布志名(ふじな)焼と呼ばれる器にこれまた「おおおお!わっ!えっ!いいね!いいね!」と一目惚れ。



テレビ画面越しに恋をしたのは小6の時に見ていた「大河ドラマ 独眼竜政宗の渡辺謙さん」以来です。





後日、





「あなたの故郷には、こっだ(こんなに)素敵な器があるんでないの。え、どーなのよ」とむにすさんに問い詰めましたらば、湯町窯を知らないとおっさるの。
だからあてくし、困ってしまいましたの。いえ、ちっとも困りませんけども(でしょうね)



以下、こんなやりとりがありました。



のり:バーナードなんとかっていう外国人が「エッグベーカー」とか、技法のアドバイスをしたんだって。



むに:ここでバーナード・リーチがでてくるのか。



のり:そう!リーチ、リーチ!




ここで特筆すべきはむにすさんが故郷の湯町窯は知らなくてもバーナード・リーチはご存知だったという点です。ここ、大事なので二度言います。


故郷の湯町窯は知らなk...分かりましたよぅ、やめりゃいいんでしょ。もう〜。


で、そこはもうね、現代っ子ですよ(古っ、、大丈夫か、まだ使ってて)


むにすさんはささっとネットで調べて湯町窯が何たるか、器がどんなものかを見知るやいなや、「これいい!好きなやつ!今度帰省したらここ行ってみる!」

ということになったのでした。









ふたたび、後日。





真夏の昼下がり。



あっづぐて、あっづぐて、ぼーーーーーっと寝っ転がっていたのりたいこのスマホにLINEのビデオ通話callが来ました。




なんと、むにす氏は今まさにあの湯町窯を訪れているとおっさるでないの!




そうです、のりたいこが欲しいお皿をむにすさんが代わりに買って、配送手配までしてくださるというのです。





oh my god!




紙よ。(なんでじゃ)




神よ。




あれもいい!これもいい!これも捨てがたい!迷う!もう一回さっきの見せて!



と、やいのやいの言いながら、でも結局は財布の中身とかなり相談して、叱られて、それでも何とか許してもらって、数点だが、むにすさんの多大なるご尽力のもと、湯町窯のリーチ薫る、福間氏の器を手に入れることができたのでした。







湯町窯の代名詞ともいわれている「エッグベーカー」は買いませんでした。我が家はIH。なんとこのエッグベーカーはオーブンや電子レンジでも使える優れものですが、なんかこう違うのよ。こういうのは、五徳の上に乗っけて直火で火加減調整なんかしながらシューシュー、コトコト作りたいのです。
嘘つきました。100パー予算の関係です。




(画像お借りしました)


ちなみに、このうちの2枚の皿は実家で使われています。母もこういう器が好きなのは知っていましたから、撮った写真で選んでもらって送りました。



しばらくは日常の食卓に使っていたようですが、いつだったか、帰省した折、気が付いたら玄関開けてすぐの廊下に置いてある大きな椅子に2枚の皿が並んでいました。



この廊下は、だいぶ家は古びてはおりますが、いわば実家の目抜き通りです。



聞けば、「ここなら通るたびに皿を見ることができるから。素敵な皿は鑑賞したい。」とのことでした。



確かに、戸棚にしまっているよりは見る回数は断然多そうです。





年は明け、2020年4月。




usainuさんがブログに、取材で訪れた窯と、最近読んで感動した『リーチ先生』(バーナード・リーチの半生を描いた小説)にとんでもない結びつきがわかり、なお感激
と書かれているのを読んで、




ハイ出ました!バーナード・リーチ!

(下品かよ)




これは読みたい。いや、もはや、のりたいこ、お前は読むべきだろう!





原田マハ氏著の「リーチ先生」を読み始めてすぐのことでした。



のりたいこは刮目します。



そこにはなんと小石原焼という文字があったからです。



ハイ出ました!小石原!飛びかんな!

(だから下品かよ)





1909年(明治42年)。22歳のバーナード・リーチはイギリスで高村光太郎と知り合い、幼少期に住んだことのある日本に再び渡り東京上野に居を構え、民藝運動を起こした柳宗悦らと親しくなります。




ここで先ほどの種明かしといきましょう。


むにすさんはおそらく以前から「民藝運動」が何たるかをご存じだったのでしょう。



故郷の湯町窯は知らなくても(何回言うんだよ)、民藝運動の父と呼ばれる柳宗悦の朋友であるバーナード・リーチの名前がスッと出てきたのはそのためでしょう。




そしてリーチ先生はのちに小鹿田や二川、布志名(湯町窯)など地方の窯場を訪れるのです。




小鹿田焼はもともと小石原焼から派生したものなので小鹿田焼にも「飛びかんな」の技法が見られます。





いかがでしたか、このめくるめく、つながる世界。




のりたいこの小石原焼は、京都東寺のがらくた市から始まり、松江市の湯町窯を経由し、バーナード・リーチを介し、小鹿田焼を経て、再びここ小石原に戻ってきました。




これを「一言」で言ってしまえば、小石原も湯町窯も、好きな器のテイストだったってことで終わりなのですが、でも、こういうのって面白いですよね。




最後に、故郷の湯町窯の素敵な器を、バーナード・リーチを知るきっかけをくださったむにすさん、usainuさんに感謝のきもちを述べたいと思います。ありがとうございました。


あ。




最後にもう一個だけいいですか。手短にするのでもう一個だけ!




「リーチ先生」の本の中で、リーチがある青年になぜイギリスに留学しようと思ったのか、と聞く場面があります。



そしてその青年が、ウィリアム・モリスに感銘を受けたからだと答えるのです。




ハイ出ました!ウィリアム・モリス!

(3回目の下品かよ)




実はのりたいこ、このウィリアム・モリスのテキスタイルデザインが昔から好きなのです。





これは大学1年の時に本屋で買ったポストカードブック。





そしてこれは、ウィリアム・モリスの「アネモネ」の生地で昨年母に作ってもらったバッグ。




非常にベタではありますが、致し方ありません。叫ばせてください。




もうどんだけ〜〜〜!(歓喜)




「リーチ先生」はまだ読み始めたばかり。
もしかしたらこの先に更なるつながりが、、、あるかもしれません。




長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。

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